出家の決意

現代語訳

夜もようやくほのぼの明ける頃になったので、道を行く人も、このあたりに私のような若い貴族の女性はいないのでたいそう不思議だと、見咎める人もあるので、これほど面倒で恐ろしいことは、今までの人生のいつ経験しただろうか。

ただひたすら、自分はもう亡き者にしてしまった身なので、足の向くままにまかせて、すぐにも山の奥深く入ろうと、ひと休みもせずに歩くので、苦しく耐えがたくつらいことは、死ぬほどである。 わたしが入って行く嵐山の麓に近づくうちに、雨がひどく降りつのって、向こうの山を見ると雲が何重ともなく折り重なって、行く先も見えない。

かろうじて嵐山の麓にある法輪寺の前を過ぎたが、ついに山路に迷ってしまったのは、どうしようもない。 惜しくはない命ではあるが、今すぐ出家もせずに死ぬのでは、心細く悲しい。 雨に加えてさらに目の前が暗くなるほどの雨のような涙さえこぼれて、今まで来た道も、これから行く道も見えない、心も言葉も及ばない。 今捨ててしまった命だから、雨で身体が濡れそぼってしまったことは、いつも濡れているという伊勢の海人以上である。

たいそう回り道をしてしまったので、松風が荒々しく吹く音だけを頼りにして松に寄りかかっていると、これも都の方から来た人と思われて、蓑笠などを身につけておしゃべりしながら来る女性がいた。 同じような口調の少年とおしゃべりをしているのであった。 これはきっと桂の里の人であろうと思っていると、その女はまっすぐ私に歩み寄って、

「あなたはどういう人ですか。ああ お気の毒に。 あなたは誰かのところから逃げて来られたのですか。それとも口論などをして家を出ていらっしゃったのですか。 どうしてこんな大雨に降られて、この山中に出ていらっしゃったのですか。どこからどこを目指して行かれるのですか。変ですね、変ですね」

と言う。 女はどういうつもりか、舌をたびたび鳴らして、「ああ かわいそうに、かわいそうに」と繰り返し言うのが私には嬉しかった。