成方の笛
現代語訳
成方という笛吹きがいました。御堂入道殿より大丸というふを頂いて吹いていました。立派な物(笛)なので、伏見修理大夫俊綱朝臣が(この笛を)欲しがって、 「千石で買おう。」 といったのですが、(成方は笛を)売らなかったので、(伏見修理大夫俊綱朝臣は)たくらんで使いを(成方のもとに)やって、 「(成方が笛を)売るという旨のことを言った。」 と嘘を言うように言いつけておいて、成方を呼びつけて、 「(お前が私に)笛を渡そうと言ったのは、(私の)望むところである。」 とよろこんで、 「値段は(お前の)言い値にしよう。」 と、(そして) 「ぜひとも買おう。」 と言ったので、成方は顔色を失って、 「そのようなことは申しません。」 と言いました。 (伏見修理大夫俊綱朝臣は)この使いの者を呼びつけて、お尋ねになると、 「本当に申しました。」 と(使いの者)が言うので、俊綱はおおいに怒って、 「人を欺こうとするとは、その罪は軽くはないぞ。」 といって、(成方を)雑色所へ下げて、木馬に乗せようとする間に、成方が言うことには、 「身のお暇を頂き、この笛を持ってまいりましょう。」 と言ったので、(俊綱は成方に)人をつけてやりました。(成方が)帰ってきて、腰から笛を抜き出して言うことには、 「このせいで、このような目にあっている。薄情な笛だ。」 と、軒先に下りて、石をとって、灰のように(なるまで)打ち砕いてしまいました。 伏見修理大夫俊綱朝臣の、笛を横取りしようと思う心が強いために、いろいろな計画を練ったのですが、(笛がこなごなになってしまった)今となっては言っても仕方がないので、(成方を)罰する必要もなく、解放しました。後に聞くことには、そうではない(本物ではない)笛を大丸といって打ち砕き、本当の大丸は支障なく吹いていたので、伏見修理大夫俊綱朝臣のばかけだことだということで(この話は)済んでしまいました。はじめはひどく勢い込んでいましたが、最終的には(成方に)出し抜かれてしまいました。