明石の君の苦悩

現代語訳

雪の中に霰が多くなり、それのせいで余計に心細さも強まって、身分が低く、いろんなことに思い悩まなければならない身の上であるなぁ、と明石の君はふっとため息をついて、いつも以上に、明石の姫君を撫でながら見てじっとしていた。雪で辺り一面暗くなり、降り積もった翌朝、過去やこれからのことを全て思い続けて、いつもは特別に建物の端近く出て座ったりもしないのに、池の水際に張った氷に目を向けて、白い着物で、やわらかくしなやかなものを沢山着込んで眺め座っている様子、髪型、後姿など、いくらこの上なく身分の高い人と申し上げても、このような感じ(=明石の君の容貌)でございましょう、と女房たちは言う。こぼれる涙をかき払って、「このよう(=雪のせいで気分まで暗くなる感じ)である日は、(いつもにも)増してどんなに不安だろうか。」と痛々しそうに嘆いて、

雪深み 深山の道は晴れずとも なほふみ通へ 跡絶へずして

雪が深いので、深山の道は拓けていないが、それでも通ってください 足跡も絶えないで(それでも文通は通わせてください 筆跡も絶えないで)

と明石の君がおっしゃったので、明石の姫君の乳母が泣いて、

雪間なき 吉野の山を 尋ねても 心の通ふ 跡絶へめやは

雪が絶え間なく降っている吉野山を訪ねてみても、心の通う跡は絶えるだろうか、(手紙=筆跡を持ってくる使者の足跡は絶えるだろうか)、いや絶えない

と言って明石の君を慰めた。

 

この雪が少し解けてから、光源氏がいらっしゃった。(明石の君は)いつもは光源氏を待ち申し上げているのに、(今日は)そうである(明石の姫君を迎えに来た)のだろう、と感じることによって胸がつぶれそうに苦しくなって、(娘を渡すと自分で決意したのにも関わらず)自分の心ながらどうにもならなく感じられた。明石の姫君を渡すも渡さないも自分の心次第であろうが、もしお断り申し上げるならば、無理やりには(連れて行くだろうか、いや)連れて行かないだろう、つまらないことを約束したとは思うけれども、それを訂正するのも軽率だ、と(自分の心に嘘をついて)無理やりその考えを思い直す。たいそうかわいらしく、目の前にいらっしゃる明石の姫君を(光源氏が)御覧になり、疎かに思うのは難しい人(=明石の君)との前世からの宿命であるなぁ、とお思いになる。この春から伸ばしている髪の毛は尼削ぎくらいになってゆらゆらと魅力的で(あるので)、顔つき、目元が艶やかに美しかったことなどは言うまでも無い。この姫君の子を他人の子だと思い、遠くから気を揉む親心の迷いをお察しなさると、(光源氏は)たいそう心苦しいので、繰り返して(明石の君に)事の顛末を説明なさり、夜を明かす。

「いいえ、せめて私のように身分の低い者(の娘)として扱うのではなく、姫君を扱ってくだされば(光栄です)」と(明石の君は)申し上げたが、我慢できずに泣いている様子は不憫でかわいそうである。

 

明石の姫君は(まだ幼く、母親と別れることを理解できないので)何にも感じずに、牛車に乗ることをお急ぎになる。牛車を寄せたところに、明石の君自ら姫君を抱きかかえて、お出になられた。(幼いので)片言で話す明石の姫君の声はたいそうかわいらしくて、明石の君の袖を捕まえて、「(母君も)お乗りください」と誘うも、(明石の君は乗れないので)たいそう悲しく思えてきて、

末遠き 二葉の松に 引き別れ いつか木高き 影を見るべき 幼い二葉の松(=姫君)とお別れして、いつになったら立派に成長した姿を見ることができるのだろうか

と言い終わる事も出来ずひどく泣いているので、本当にそうだ、ああ心苦しいと光源氏はお思いになって、

生ひ初めし 根も深ければ 武隈の 松に小松の 千代を並べむ

明石の姫君が生まれてきた因縁も深いのだから、相生の武隈の松のように、いつかは一緒に暮らせるようになりましょう、だから安心なさい

と慰めなさる。その光源氏の歌のようにいずれは明石の姫君と一緒に暮らせるようになると思って気持ちを落ち着かせるけれども、(娘と別れる辛さに)堪えることが出来なかった。明石の姫君の乳母・侍女でも身分の高い上品な人ばかりで、御佩刀・天児のようなものを取って牛車に乗る。お供の者たちが乗る牛車に、見苦しくない若い女房、童女などを乗せて、お見送りに行かせる。道中ずっと、明石にとどまっている人(明石の君)の心苦しさに対して、どのくらい罪深いことをしたのだろう、と(光源氏)はお思いになる。