行成の器量
現代語訳
大納言行成は手際よくおこなしになる御性質で、一条帝がまだ幼くておいでで、人々に、「おもちゃになるものを持ってこい。」とおっしゃいましたので、 人々はいろいろに、金・銀・などの細工に工夫を凝らして、(帝のお気に召すように)どんなことをしてさしあげようかと、意匠を凝らして作り出し、持ってそれぞれさしあげられましたが、 行成は、コマに、濃淡に染めた紐を添えて帝にさしあげられましたところ、 帝は「奇妙な形のものだな。これは何だ。」とお訊きになりましたので、 行成は「これこれのものでございます。」と申し上げて、「回してごらんなさいませ。おもしろいものでございますよ。」とおっしゃったので、 帝は南殿(紫宸殿)に出てお行きになり、コマをお回しになりましたところ、コマはたいそう広い御殿の中を、くまなくくるくる回って行くので、帝はたいそう面白がられて、こればかりをいつも見てお遊びになられましたので、人々のさしあげた他のものなどはしまい込まれてしまいました。
また、殿上人が、いろいろな扇を作って帝にさしあげられましたときに、 他の人々は、骨に蒔絵をほどこし、あるいは、金・銀・沈・紫檀の骨に金銀の象嵌をし、彫り物をし、なんとも言えぬ美しいいろいろな紙に、普通の人の知らない歌や詩や、また六十余国(日本中)の歌枕で有名ないろいろな名所を描いて、人々がさしあげたのに対し、 例によって、行成は、骨に漆だけを美しく塗って、黄いろい唐紙の、下地の絵模様をうっすらと美しく描いたところへ、 表のほうには楽府を端麗に楷書で書き、裏には筆勢をゆるめて草書で秀麗にお書きになって帝にさしあげられましたので、 帝は表と裏とを繰り返しご覧になって、御手箱にお入れになりまして、すばらしい宝物とお思いになられましたので、他のいろいろな扇は、ただご覧になっておもしろいとお思いになっただけで終わってしまいました。 どれもこれも、帝のお気に召すこと以上のことがあり得ましょうか。これ以上の名誉はありません。