芥川(P28)

現代語訳

その昔、ある男がおりました。容易に手に入りそうにもなかった女を、幾年もの間求婚し続けてきましたが、やっとのことでその女を盗み出し、たいそう暗い晩に逃げてきました。芥川というかわのほとりを女をつれて逃げていくと、その女が草の上に置いている露をみて、「あれは何でございますか?」と男に尋ねた。いく先はまだ遠いし、それに夜もふけてしまったため、鬼の住んでいるところとも知らないで、加えて雷までもたいそうひどく鳴り、雨もすごく降ってきたため、荒れている蔵に、女をその奥の方に押し込んで、男は弓とやなぐいを背負って戸口で見張っていました。男は早く夜が明けて欲しいと思いながらそこに立っていたところ、鬼は早くも女を一口に食べてしまいました。女は「ああ」と悲鳴を上げたけれども、雷の鳴る音のためにかき消されて、男はその悲鳴を聞くことができませんでした。次第に夜が明けていくと、男は蔵の中に入って奥を見ましたが、そこに連れてきた女はいませんでした。男は地団駄を踏んで泣いていたけれども、もうどうにもなりません。そこで男は次のような歌を詠みました。

露をみて、あれは白玉ですか、何ですか?、とあの人が訪ねた時に、「あれは露です。」と答えて、その露のように私は消えてしまえばよかったのに。。