わやくの部屋

UNICORN 2 -Lesson 10

What Is Uniquely Human?
From the study of chimpanzees
何がヒト独自なのでしょうか?
チンパンジーの研究から

Section 1

私は日本と海外の両方でチンパンジーをずっと研究してきています。ここ日本でアイという名前のメスチンパンジーと仕事をしてきているだけではなく、自然の生息地で野生のチンパンジーを研究するためにここ25年間毎年アフリカを訪れています。

また、東アフリカのルワンダにあるヴィルンガ火山で野生のゴリラを、東南アジアのマレーシアにある北ボルネオで野生のオランウータンを継続して観察しています。大勢の人が、ヒトを動物とは切り離して考える単純な見方にまだしがみついています。しかし、この見方は完全に間違っています。ヒトは動物界のメンバーです。ヒトは哺乳類です。哺乳類の中で、ヒトはサル目ヒト科に入っています。ヒト科は4つの属から成ります。ヒト、チンパンジー、ゴリラ、それにオランウータンです。

ヒト科はシッポがないことで区別されています。私たちヒトにはシッポがありませんし、チンパンジーにもゴリラにも、そしてオランウータンにもシッポはありません。日本語にはたった1つの言葉「サル」しかありません。サルは(私たちに)ニホンザルを思い浮かべさせる言葉です。しかし、英語では、シッポを持つ霊長類という意味の“monkeys”と、シッポを持たない霊長類という意味の“apes”の間にははっきりとした違いがあります。つまり、人と(他の)3つの大型類人猿は同じグループに入っていて、“monkeys”ではありません。

Section 2

ヒトの体は進化の結果できたものです。ヒトの心もまた、進化の結果です。体が進化した歴史は、化石の記録から足跡をたどることが可能です。しかし、心と脳は決して化石にはなりません。私が人の心と他の(3つの属の)大型類人猿の心を、特にチンパンジーの心を比較してきているのは、まさに人の心が進化してきた歴史を理解するためなのです。

21世紀の初めに科学者は人の全ゲノムの解読に成功しました。そしてその後、チンパンジーのゲノムも解読されました。その結果は驚くべきものでした。ゲノムのうちの98.8%は、人とチンパンジーでまったく同じだったのです。2属の間にはわずか1.2%の違いしかありませんでした。好むと好まざるとにかかわらず、そのようになっているのです。

チンパンジーはヒトにとても良く似ています。チンパンジーの寿命は約50年です。平均して、メスのチンパンジーは5年に1度出産します。妊娠期間は、ヒトが約280日で、チンパンジーは235日です。ヒトの赤ちゃんの体重は生まれた時には約3kgで、一方、チンパンジーの赤ん坊は2kgをわずかに下回ります。脳の容積は、ヒトでもチンパンジーでも共に新生児から大人までの成長期間に3倍の大きさなります。私たちとちょうど同じように、チンパンジーも成長するにつれて、多くのことを学びます。

Section 3

チンパンジーの学習過程を示す1つの例が西アフリカのギニアにあるボッソウで見うけられます。私の野外研究が(ずっと)行われている場所です。ここにいるチンパンジーは、アブラヤシの実を割るためにハンマーと金敷きとして2つの石を使います。強くたたくとヤシの実の殻が割れて、食べられる実が出てきます。

このやり方はボッソウ・コミュニティ特有の文化的な伝統です。チンパンジーは何を食べるべきなのか、どのようにして道具を使えばいいのかを、上の世代から学ばなければいけません。若いチンパンジーが、石の道具を使う技を身につけるのに約4年かかります。

こうした学習過程を観察するのは興味深いものです。チンパンジーの学習方法は「教えない教育、見習う学習」と呼ばれています。子供たちは母親から学びます。母親をじっくりと見ると、母親がやっていることをとてもまねしたくなります。(こうなると)今度は、母親は我が子に対してとても辛抱強くなります。母親が直接教えることはありませんが、子供たちに罰を与えたり、無視したりは絶対にしません。もし親密で思いやりのある母と子のきずながなければ、若いチンパンジーは生き残るのに必要なことを学習できないことでしょう。

こうした現象は、チンパンジーが私たちとよく似た方法でものを学習するということを示しています。ひょっとするとチンパンジーは、親子関係について何かを教えてくれてさえいるのかもしれません。

Section 4

しかし、言うまでもなく、チンパンジーとヒトの間には目立つ違いもたくさんありますし、また、こうした違いは、私たちをヒトたらしめているものについて1・2教えてくれます。何がヒトとチンパンジーを区別しているのでしょうか? 私たちの最新の研究のうちの1つがチンパンジーについて発見したこと(→私たちのチンパンジー研究によって明らかになった最新の知見のうちの1つ)について、ここでは述べてみたいと思います。チンパンジーは、特に若いチンパンジーは、ずば抜けた記憶力を持っています。チンパンジーは一目見て画像を記憶できます。

想像してみてください。1から9までの数字が、コンピューター画面上にとても短い時間、例えば0.1秒のような短い時間だけランダムにいろんな場所に現れ、現れるとすぐに消えてしまいます。君たちは(→ヒトには)数字が画面上に点滅しているのはわかるでしょうが、そういう数字の一つひとつが正確にどこに現れたのかを記憶することはできないでしょう。ところが、驚くべきことに、チンパンジーにはこれができるのです。このことはチンパンジーが知的作業においてヒトよりも優れている最初の証拠です。

対照的に、ヒトの知的活動はまったく違うカタチで発達したように思えます。ヒトは目の前にないものを想像できるのです。ヒトは出来事や物体や色やたくさんの他の概念から対応する記号を連想できます。言い換えると、ヒトは言葉を持っているのです。言葉(の使用)はヒトの一番目立つ特徴のうちの1つです。

Section 5

例えば、「赤」という単語は赤い色と物理的な類似性を持っていないことを考えると、連想する能力は本当にすごいものです。類似性を持っていないにもかかわらず、「赤」という単語を見たときに、すぐに赤い色を思い出すのです。記号と意味の間の連想を形成することは、ヒトの言葉の基礎です。しかし、チンパンジーにはとても難しい作業です。

要するに、チンパンジーは「ここ」と「今」の世界に生きているのです。今ここにあるものを理解するのはとても上手です。しかし、今ここにないものをイメージするのが得意ではありません。チンパンジーは、たとえ明日のことであっても、将来のことは気にかけていないように思えます。

対照的に、ヒトは想像力が際立っています。いま見えるものいま聞こえているものから始まって、実際には目の前にない世界を簡単に想像することができます。生まれる前の何百年、何千年、何百万年前であっても過去について考えることができます。
また、死んでからはるか後に起こるかもしれないこと、遠い将来を思い描くこともできます。これらの想像する力が、私たちを今の私たちにしています(→こうした想像力のおかげで、今の私たちがあるのです)。想像力のせいで、将来について不安になることもあります。しかし、また、この同じ想像力が希望を与えてくれるのです。ヒトの本質に特有なのは、ひょっとするとこうした希望なのかもしれません。