すける物思ひ

現代語訳

昔のこと、若い男性が悪くはない女性のことを思っていました。この男性にはおせっかいをする親がいて、男性が女性に恋心を痛いたら困ると、この女性を他へと追いやろうとしています。ただそうは言っても、まだ追いやってはいません。男性は親に養われている身なので、まだ女性をよそにやらないようにと親にお願いをする気迫がなかったので、親が女性をよそにやるのを止める力もありません。女性も身分が低い身なので、それにあらがう力もありません。そうしているうちに、男性の女性への思いはいよいよ募りに募っていきます。突然、親はこの女性を追い出しました。男性は、血の涙を流しますが、女性が出て行くのをとどめておくすべもありません。従者が女性を連れて出て行ってしまいました。男性は、泣きに泣きながら次の歌を詠みます。

女性が自ら出て行ったのならば、誰が別れ難いと思いましょうか、いや思いません。しかしそうではないので、ありし日にまさって、今日は悲しく思います。

と詠んで、気を失ってしまいました。親はあわてました。なんといってもやはり、(男性のことを)思って言ったのですが、これほど(女性がいなくなると気絶してしまうほど、女性を思う気持ちが強い)ではあるまいと思っていたのに、本当に気を失ってしまったので、(親は)うろたえて神仏に祈りました。今日の夕暮れ時に気を失って、次の日の戌の時ほどになって、ようやく息を吹き返しました。

昔の若者は、そのような異性に対して熱の入った思い悩みをしていたのです。いまの時代の老人には、どうしてこのような恋をができましょうか。