あまぐもにそる鷹

現代語訳

つくづくと思い続けることと言えば、やはり何とかして自分の思い通りに死んでしま いたい、と思うことより他のこともないけれど、ただ、この一人いる子のことを思うと ひどく悲しい。一人前に育てて、しっかりした妻などというものに任せてこそ、死ぬに も気が楽だろうと考えていたのだが、どんな気持ちであてどのない暮らしをするのだろ うと思うと、やはりとても死ぬことができない。

「どうしよう。尼になって、この世のしがらみを思い切ることができるものか、試して みよう。」

と話すと、まだ思慮も深くもないのだけれど、ひどくしゃくりあげて、おいおいと泣い て、

「そのようにおなりになるのなら、私も法師になって暮らしましょう。何の生き甲斐が あって、世間に交じって暮らしましょうか。」

と言って、ひどくおいおいと泣くので、私も涙を止めることが出来ないが、あまりの深刻さゆえに、冗談で紛らそうとして、

「では鷹を飼えなくなったらどうなさるのですか。」

と行ったところ静かに立って駆けだしていって、小屋につなぎ止めてある鷹をつかみ、放してしまった。見ていた人も、 涙をつなぎ止めることが出来ず、まして、一日中悲しかった。心の中に浮かんだ思いは、 夫との間で争い事が絶えないので、思案に余って尼になろうと子にうち明けると、その 子が、まず空高く鷹を飛びさらせ、その「そる」鷹のように頭を剃って出家の決意を示 したが何とも悲しいことだ。 ということである。