わやくの部屋

ELEMENT 3 -Lesson 4

Section 1

科学的な発見に関するダントツ一番有名なお話です――1666年、アイザック・ニュートンはイギリス、ケンブリッジ郊外の自宅の庭で散歩していました。ニュートンは、リンゴが木から落ちるのを見ました。まるで見えない力に引っ張られるように、リンゴはまっすぐに地面に落ちました。(リンゴがニュートンの頭の上に落ちてきた!――なんていうお話もあります) このどこにでもありそうな観察のおかげで、ニュートンは万有引力という概念を思いついたのです。万有引力は、落っこちるリンゴから、月の軌道まですべてを説明しました。

Section 2

こうしたお話には、どこか魅力があります。この手のお話は、科学的な一連の手続きを一瞬の突然のひらめきに移しかえてしまいます。ニュートンの懸命の努力については何も語られません。天才が作り出した新しい考えがあるだけなのです。物が落ちるというのは、誰でも知っています。(しかし)この(単純な)事実を説明するのには、ニュートンが必要だったのです。

Section 3

残念ながら、リンゴのお話はほぼ確実にウソです。たとえニュートンが1666年に重力について考え始めたとしても、重力(の仕組み)を理解するまでには、懸命の努力をして何年もかかりました(→何年もの必死の努力が必要でした)。ニュートンは大まかな考えでノート全体をいっぱいにしました。言い換えれば、重力の発見は洞察のひらめきではなく、何十年もの努力を要するものだったのです。このことがニュートンが1687年まで自分の理論を発表しなかった理由の1つです。

Section 4

たくさんの人は長い間、ニュートンの知性をほめたたえていますが、ニュートンの業績が高い知性の結果だけではないのは明らかです。ニュートンは、障害に直面しても研究を続ける驚くべき能力、すなわち、「なぜリンゴは落ちるのか? だが、なぜ月は空に留まったままなのか?」という、同じ一つの(ニュートンを)悩ませ続けた神秘を、答えが見つかるまで、研究の対象とし続ける驚くべき能力を持っていました。

Section 5

近年、心理学者はこの心の特徴を言い表す用語=grit=グリットを編み出しています。トーマス・エジソンの誰もが知っている言葉「天才は1%のひらめきと99%の努力」の(→に現れている)ように、考え方自体は新しいものではありませんが、グリットは熱心に働く意志に関するものだけではないということを、研究者たちは素早く指摘しています。代わりに、ある具体的な長期にわたる目標を設定し、目標に到達するまでにたとえ何が必要だとしても、その必要なことを行うことを、グリットは意味しています。いつだって(途中で)投げ出してしまう方がずっと簡単ですが、グリットのある人はやり続けることができます。

Section 6

ビクトリア朝の有名な書物『自助論』の作者サミュエル・スマイルズが、熱心に働くということの大切さを教えたように、グリットに関するお話は自らを助けてくれる手引き書と人生の案内書と長い間、結びついていますが、その一方で、こうした新たな科学的研究は、個人の中にあるグリットを信頼できる形で測定するための新しい処理方法に頼っています。結果的に、個人の人生での業績を決めることに関しては、新しい処理方法は(→新しいやり方を使えば)、グリットと知性と生まれつきの才能の相対的な重要性を比較することが可能です。この分野の研究は始まってほんの数年しかたっていませんが、目標を達成できる人もいれば、努力はするものの(途中で)あきらめてしまう人もいることになる心的特徴を特定することに向かって、既に大切な進歩を遂げてきています。グリットとは、成功の不可欠な(だけど、見過ごされることがよくある)要素だということがわかっています。

Section 7

グリット研究を切り開くのに寄与したペンシルバニア大学の心理学者アンジェラ・ダックワースは次のように語ります。「グリットに頼らないで大成功をおさめた人は一人もいない、と確信しています。熱心に働く必要がないほど十分な才能を持っている人は誰もいませんし、熱心に働くことこそグリットが君にすることを許してくれるものなのです(→グリットがあるからこそ熱心に働けるのです)」

Section 8

グリットのことがもっとよくわかれば、教育者たちは学校で(グリットを伸ばす)技術を教え、今よりもっとたくさんグリットを持っている子供たちを生み出せるという希望が、科学者の中にはあります。もちろん、親たちも(教師と)同じように(演じるべき)大切な役割を持っています。どのようにして子供をほめるのかというような簡単なことでさえ、子供が困難だけどやりがいのある課題に反応する姿勢に大きく影響する可能性があるという証拠があるからです。しかも、グリットに興味を抱いているのは、何も教育者と親だけではないのです。米国陸軍はこの研究の多くを支援してきています。戦場のストレスに誰が一番適しているのか(→一番、耐えられるのか)を特定する新しい方法を探しているからです。

Section 9

グリットに新しく的を絞ることは、実世界での業績を一番うまく予測する人格の特徴を研究するというさらに大きな科学的な努力の1部です。研究者たちは、将来の成功にとても大切な働きをする目印として、IQ検査のような知性を測定することに長い間、集中して(取り組んで)きていますが、その一方で、個人の業績における変動量(訳者注:同程度の高いIQ保持者を比べても、素晴らしい業績を残せる人もいれば、大した業績を残せない人もいるというブレ幅のことです)のほとんどは、頭がいいということには何の関係もないということをこうした研究者たちは指摘しています。その代わりに、この変動量は、グリットと誠実さのような人格の特徴に主にかかっているのです。ニュートンが天才だったことは明らかですが、知性が真に大切だということではなく、高いIQを持っていること(だけで)はとても足りなのです。 山口さんの夢はすでに、若い人たちに引き継がれてきています。カナダの有名な映画監督ジェイムズ・キャメロンでさえ、山口さんに会って、山口さんの夢を引き継ぐと約束したのです。

亡くなった年に、「私の義務は果たしました」と、山口さんは病院のベッドで言いました。

そうです、山口さんは忠実に、誠実にご自分の義務を果たし終えたのです。