わやくの部屋

ELEMENT 2 -Lesson 7

iPS Cells
iPS細胞

Section 1

もしひどく皮膚に火傷したり、けがをしたりすれば、医師は君の背中から良好な皮膚の一部を切り取って、傷ついた部位の上に縫い合わせなければいけないかもしれません。しかし、組織工学と呼ばれる医療技術の進歩のおかげで、近い将来には、どの皮膚もあきらめる(→犠牲にする)必要がなくなるかもしれません。

Section 2

今日、この分野では世界中で信じられないくらい数多くの調査研究が行われてきています。患者さん自身の体細胞から皮膚のような組織を作りだす、より速くてより安全な方法を見つけるために、科学者はとても熱心に取り組み、おたがいに競争しています。

Section 3

これまでのところ、この分野で先頭に立っている科学者の1人が京都大学の山中伸弥博士です。山中博士は最初のうちは、背中のけがや、手足の骨折や、関節の損傷などを治療する医師でした。ある日、博士は関節に重い病気を抱える女性を見ました。感染し膨れ上がり変形した関節を見たとき、ひどいショックを受け科学者になろうと決意しました。重い病気や、ひどいけがに苦しむ患者さんたちを治療するいい方法を見つけるために基礎研究を始めました。

Section 4

組織を作る1つの方法は、髪の毛や筋肉のようなどんな体の部分にでも成長する能力を持っている卵細胞を使うことです。しかし、この方法は大きな議論を引き起こしてきています。目的が患者さんを治療することであっても、生きている卵細胞をモノのように扱い、それから卵細胞を殺してしまうのは間違っていると、多くの人は考えています。その上、この方法がヒトのクローン作製につながる可能性があることを恐れています。

Section 5

何年もかけて、山中博士と博士の研究チームは、組織を作りだす(卵細胞利用とは)違う方法を見つけるために一生懸命に取り組みました。その後、2007年に、患者さんの顔からとった皮膚細胞から心筋組織を作りだすことについに成功しました。最初に、取り出した皮膚細胞に4種類の遺伝子を加え、初期状態に戻しました。初期状態とは卵細胞とよく似た状態です。次に、こうした細胞を心筋組織に成長させました。発見された4つの遺伝子は、今では「山中ファクター(=山中因子)」と呼ばれています。200種類の細胞のうちのどれにでも成長できる初期化された細胞は「iPS細胞」と呼ばれます。

Section 6

こうしたiPS細胞は、損傷を受けていたり良い状態ではない体の部位に移植され、いろんな病気やけがを治療するために使うことができます。例えば、もし心筋が損傷を受けているせいで心臓が正常に機能していないとすれば、最初に医師は、皮膚からとても細かい部位を切り取ることによって体細胞のうちのいくつかを集めるでしょう。次に、切り取った体細胞をiPS細胞に変化させ、iPS細胞を筋肉細胞に成長させるでしょう。最後に、医師は筋肉細胞を心臓に移植するでしょう。

Section 7

山中博士の発見は、組織工学での競争を激化させました。実際に、山中博士が2006年にマウスを使って、iPS細胞を作るのに成功したとき、多くの海外の研究者たちが博士の方法に従って、博士を追い越そうと努力しました。例えば、山中博士が雑誌『Cell(細胞)』にヒトのiPS細胞に関する研究を発表した同じ日に、ジェームズ・トムソン博士という名のアメリカの研究者が雑誌『Science(科学)』によく似た論文を発表しました。山中博士は論文をネット上に発表することによってかろうじてリードを保てました。もしこれが1日遅ければ、栄誉はトムソン博士に行ってしまっていたことでしょう。

Section 8

他の研究チームも山中博士のすぐ後ろにいます(→山中博士に迫る勢いです)。例えば、2011年、東北大学の出澤博士の研究チームは、ある特定の種類の体細胞しかiPS細胞になりえないことを見つけました。また、同じ年に、慶応大学の岡野博士が細胞を別のタイプに変えるもっと早い方法を発見しました。iPS細胞はガン細胞に成長する可能性があるという研究者もいますが、岡野博士の方法はガン化する可能性を防げるかもしれません。

Section 9

こうした種類の競争は、iPS細胞の技術の実用化を待ち望んでいらっしゃる患者さんたちにとってはいいことですと、山中博士は言います。「患者さんを救うこと」が、常に博士のリストで一番優先順位の高いものであり続けています。