絵仏師良秀(P13)
現代語訳
これも今となっては昔の話になりましたが、絵仏師良秀という男がいました。家の隣から出火して、風が覆いかぶさって炎が迫ってきたため、逃げ出して大通りにでてしまいました。家の中には人が注文して描かせていた仏様もおいでになっていました。また、着物も着ないでいる妻子たちも家の中に取り残されたままでした。しかし良秀はそんなことには一切構わず、ただ逃げ出したのを良いことに、家の向かい側にただ立ち尽くしていました。
ふとみると、炎はもう自分の家に燃え移り、煙や炎がくすぶりだしたころまで、良秀はほぼ向かい側に立って眺めていたため、「大変なことでしたね。」と人々が見舞いに来て言ったところ、良秀は向かい側に立ったままで、家の焼けるのを見て何度も頷きときどき笑ってさえもいました。「ああ、大変なもうけものをしたことよ。今までは長年下手に書いていたものだなぁ」と良秀が言ったので、見舞いに来た人たちが「これはいったい、どうしてこのようにただ立っていらっしゃるのですか。呆れ果てました。怪しげな幽霊が取り付きなさったか。」というと、「どうして怪しげな霊なぞが取り付くはずがあろうか。これまで長年、不動尊の火炎を下手に書いてきたのだ。今見ると、火炎はこのように燃えるものだということに納得がいった。これこそもうけものだ。この仏画の道を専門として世を生きていくためには、仏様さえ上手にお書き申し上げるならば、100軒、1000軒の家だってきっと立てられるにちがいない。お前さんたちはこれといった才能も持ち合わせていないので、持ち物でも惜しんで大切になさるのです。」といってあざ笑って立っていた。その後のことであろうか、良秀のよじり不動といって今でも人々がもてはやしている。